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名刺を組織的に管理して
戦略的な営業体制にシフトする

業務で得た名刺情報は企業にとって重要な資産ですが、多くの企業では社員個人に管理が任されています。売上を上げるためにも組織的な管理が重要であることなどについて、一橋ビジネススクール教授の楠木 建氏にお話を伺いました。

楠木 建

一橋ビジネススクール 教授

一橋ビジネススクール教授。専攻は競争戦略。企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。大学院での講義科目はStrategy。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師(1992)、同大学同学部助教授(1996)、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授(2000)を経て、2010年から現職。1964年東京都目黒区生まれ。

商売の大原則は、売上を上げること
長期利益の獲得がDXの目的

Sky

よくDX(デジタルトランスフォーメーション)は企業が生き残るために必要だといわれますが、本来の目的である営業力強化ではなく、業務の効率化に重点を置いている企業が多いように感じています。

楠木氏

経営の大前提である「商売」は、自由意志を原則として営まれます。誰かに頼まれて始めるものではありませんから、企業が「生き残るための商売」をしているのであれば、それは致命的な問題です。

本来、商売を続ける自由意志は「長期利益」というゴールに向かうべきで、この「長期利益」はゴールとなり得るほかの要素も包摂します。例えば「顧客満足」は、商売にとってとても重要なゴールの1つですが、顧客に対する一番の価値提供は、競争の中で利益を出すことではないでしょうか。もし、もうかっていない企業に対して満足している顧客がいるなら、どこかに必ずうそが隠れています。顧客をごまかしてもうけようとしても、長くは続きません。持続可能な利益である「長期利益」こそが、独自の価値提供の物差しであるべきです。

このところ、サステナビリティという言葉をよく耳にしますが、社会的責任の観点から企業活動でも重視されるようになっています。企業に求められるのは、環境や社会、経済に配慮したサスティナブル経営ですが、最もサステナビリティが問われるべきなのは利益です。企業にとって、従業員の幸福度を高めるための活動はとても大切ですが、そもそも「もうかる商売」がなければ、雇用を作ることも守ることも、給料の支払いすらできません。「長期利益」がなければ、社会的責任も社会貢献も果たすことはできませんから、「どんどんもうけてがんがん納税する」これがサスティナブル経営の神髄だと思っています。

DXについてもまったく同じで、「長期利益」を獲得する手段として取り組むことが大切です。「利益=売上-コスト」ですから、利益を増やすには売上を上げるか、コストを下げるしかありません。DXを「売上を上げる」「コストを下げる」ために取り入れていれば、その企業では正しい経営が行われているといえます。しかし、効率化のためだけにDXを取り入れているのであれば、それは経営のためのDXではなく単なる作業の1つに過ぎません。

DXでやるべきなのは
営業の売る力をトランスフォーメーションすること

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コストを下げるためにデジタルを取り入れるべきだというのはとてもわかりやすいのですが、売上を上げるためのDXについてもう少し解説をお願いします。

楠木氏

コストを下げるアイデアを募るとどんどん出てきて、すぐにリストアップできると思います。しかし、売上を上げるアイデアを募っても同じようには集まりません。それは、作る以上に売ることが何倍も難しいからです。従って、DXはどこにどう取り入れたら売上が上がるのかを考えて整備するべきです。

コストは、人がやっていることをデジタル化すれば下がるので、30年くらい前には多くの企業で手書きの伝票をExcelに変えたり、顧客台帳を紙からデジタルデータに変えるなど、アナログ作業のデジタル代替が行われました。今また、DXに取り組んでいるつもりが30年前と同じ「業務のデジタル代替によるコスト削減」を行ってしまっている企業が増えていると感じています。コスト削減のような非競争領域で確保する利益は、競争領域にリソースを集中させるためには必要ですが、競争領域以外は普通の作業としてただやればいいことなので、わざわざDXとして取り組む必要はありません。

例えば、サッカーのフォーメーションには、攻撃・守備のどちらに重点を置くかによって4-4-2や4-3-3、日本代表が取り入れることの多い4-2-3-1など、さまざまな種類があります。どれを採用するかは、対戦相手によっていつでも臨機応変に対応できると思いますが、8-1-1のようにかなり極端で思い切った変更に対応するために取り入れるのがDXです図1。これまでとは違う戦い方で利益を上げることに主軸を置いて取り組んでください。

Sky

DXは、デジタルで営業のやり方を変えることを前提に取り入れなければ意味がないということですね。

楠木氏

そのとおりです。営業には、会計や経理、財務諸表を理解したり、売上の数字を正しく捉える能力「アカウンティング」が必要で、これは1つのスキルです。「私には営業力があります」と言われると何となく怪しく感じますが、企業価値の計算や財務分析を行い「見せる」「示す」「図る」スキルを持った営業は、商売という世界の総合芸術ともいえるのではないでしょうか。

しかし、このところ社員を評価する制度としてジョブ型雇用や新たなスキルを身につけるリスキリングに注目が集まり、アカウンティングスキルを持った営業の力が過小評価されているように感じています。企業にとって売上を上げることができる営業は尊い存在です。その証拠に「私が売ってきます!」と言う営業を止める経営者はいません。マーケティング担当者が「新たなデジタルマーケティング施策を打ちたい」と相談しても、二つ返事で承諾されることは少ないと思います。この違いは、確実に入金に結びつく決定力の差です。商売にとっては入金がすべてですから、入金というゴールへのシュート力が高い、営業の「売る力」をトランスフォーメーション(変化)させることが、DXには求められます。

Sky

営業力の強化にDXを取り入れるといっても企業ごとにやるべきことが違うので、他社のやり方をそのまままねすることはできませんが、DXで営業力を強化するための考え方のヒントになるような事例はありますか?

楠木氏

DXの成功例だと思うのはNetflixです。Netflixは1997年にアメリカで設立された企業で、2007年にストリーミングサービスを始めるまでは、DVDレンタルサービスを提供していました。注文はオンライン、DVDは郵便でやりとりする形式の実店舗を持たないDVDレンタルショップでしたが、その当時、アメリカには全米最大のチェーン店を展開するブロックバスターというNetflixとは比較にならない規模の強力なライバルがいたこともあり、すぐに苦境に立たされます。

DVDレンタル業が最も利益を上げるのは、大ヒットした映画がDVD化されたタイミングです。早く見たいと思う多くの人の要望に応えるため、ブロックバスターの棚にはズラッと新作が並びましたが、Netflixには新作を大量に仕入れる資金力がなかったため、新作は常に貸し出し中で、顧客はブロックバスターに流れていきました。

何度もピンチに陥るなかでNetflixが光明を見いだしたのは、顧客の利用状況をデータ化して解析するレコメンデーションです図2。昔からAmazonが行っている、アクセス履歴や購入履歴から、その顧客にお勧めの製品を紹介する仕組みですが、これを取り入れたことで新作に偏っていた需要を旧作にも分散できるようになり、限られた在庫が効率的に稼働し始め事業が軌道に乗っていきます。その後、ストリーミングサービスを始めてからの業績は皆さんご存じのとおりですが、Netflixの競争力の根源は、DVDレンタル業時代に取り組んだ「ビッグデータ活用のためのDXが成功した」ことにあると私は思っています。顧客の使用状況を蓄積したデータを解析して趣味嗜好を割り出すシステムが、ビジネスモデルの転換と利益を生み出す方法を変化させた結果、営業力の強化につながった事例です。

個人任せの名刺管理が奪う
組織的に売上を上げるチャンス

Sky

楠木先生の著書「逆・タイムマシン経営論」のなかで、確定した情報は過去に存在するので、無理に未来を予想するよりも過去の情報を生かすことが経営には必要だと説かれています。これは「過去の名刺情報」の活用が利益をもたらすことにもつながるお話だと思いました。

楠木氏

名刺情報に限らず、あらゆるデータは過去のものです。データが表すのは「事実」ですが、誰もが気になっている未来については推測するしかなく、GoogleやAppleのような巨大IT企業でも、未来のデータを手に入れることはできません。「逆・タイムマシン経営論」でお伝えしているのは、未来を予測するならすでに確定した事実の集積「過去」に立ち返り、そこにある本質から得られる情報を利用して未来に向かうべきではないかということです。SF映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のストーリーを思い出していただくとわかりやすいかもしれません。

名刺も営業に関わる重要なデータの1つで、利益を生み出すために欠かせない要素ですから、それを生かすには情報が整理されている必要があります。ターゲットのお客様に対して、過去にコンタクトを取っている人が社内にいるとすぐにわかれば、その情報を頼りにいち早く行動を起こすことが可能です。過去の情報をすばやく検索できる仕組みを持たないのは、営業することが大事な企業にとっての損失だと感じます。

名刺情報を営業活動に生かすには、名刺に書かれている名前や役職、電話番号などのほかに、もう少し具体的に「決定権を持っている」とか「この人は早口だ」「ゴルフが趣味」などの情報も必要です。SKYPCEにはそういった情報を残すことはできますか。

Sky

お客様の情報などをメモとして残せる機能がありますので、登録者自身が後々確認する以外に、人事異動で引き継ぎを受けた人にとっても有益な情報として活用いただけると思います。図3

楠木氏

メモ機能は便利ですが、人間の本能に反している側面もあります。営業職の方は、毎日多くの人に会いますから、大量の名刺をスキャンすることになります。いちいちシステムにメモを残すのでしょうか。

Sky

私どもでも同じことを考えていまして、できる限りその日に受け取った名刺はその日のうちに取り込んでいただくようお願いしています。そのため、SKYPCEではスキャナーや複合機だけでなく、スマートフォンからも名刺を取り込めるようにしました。直行直帰やテレワークに関係なく、毎日の習慣としてため込まないようにしていただくことが、情報を活用したこれからの営業活動には欠かせないと考えています。

楠木氏

名刺情報は、営業の起点となる非常に重要なデータであるにも関わらず、多くの企業で組織的な管理が行われていません。名刺を受け取った個人に管理を任せている状況は、すでに持っている情報を組織的に活用するチャンスを逃しています。これは非常にもったいないと感じます。

Sky

日本企業の多くが新人研修で名刺交換のマナーは教えますが、受け取った名刺の管理方法については教えません。“できる営業”の多くは、名刺交換したその日のうちに相手の特徴や関心事をメモされています。利益を上げる観点では、営業活動に名刺をどう役立てるのかを教えることの方が大事なのではないでしょうか。

楠木氏そのとおりだと思います。しかし、せっかく組織としての取り組みを推進していくなら、人間の能力に任せるのではなく、

SKYPCEに名刺を登録した後“メモを入力せざるを得ない仕組み”が必要なのではないでしょうか。人間は損得勘定で動く生き物なので、損をすることや面倒なことはやりたがりません。名刺情報を紐づけて、案件が決まったときにはその顧客の名刺を最初に登録していた人にもポイントがつくなど、メモを入力すれば何かいいことが起こるインセンティブのメカニズムも入れておくと、誰もが真剣に取り組むようになると思います。「期待されると頑張る」「褒められたらうれしい」「面倒なことはしたくない」これは、何千年も変わらない人間の本性です。私は、人間の本性には絶対に逆らうべきではない、本性に忠実であることが商売を成功させるために欠かせないと考えます。

Sky

確かにそのとおりですね。私どもではクライアントPCを管理してログを取得するSKYSEA Client Viewというソフトウェアを提供していますので、SKYPCEに名刺を取り込む一連の操作はもちろん、お客様にメールを送る操作をログとして記録できます。売上管理システムと連携すれば、名刺交換後にどのくらいの間隔でメールを送ると受注率が高いのかを調べられるはずです。そのほかにも、スマートフォンの発信履歴から、電話の回数と受注実績を分析できる可能性がありますので、それらの情報をインセンティブに結びつける仕組みも検討してみます。

  • オプション機能

組織的な名刺管理成功のポイントは、
名刺情報にタグをつけること

楠木氏

メールを送る頻度がどのような結果に結びつくのかを調べるのは、とても意味のあることだと思います。しかし、営業のやり方そのものが変わるようなシステムにするためには、その手前の「どのような情報をシステムに取り込むべきなのか」が重要ではないでしょうか。情報を「入力する」行為が人間の本性とは合致しないので、そこを解決できるかどうかが運用を軌道に乗せる鍵になると感じます。例えば、話した内容をそのまま取り込むだけでなく、自動で内容を分析して適切なタグがつくような仕組みなど。

Sky

そうですね。音声を文字にする技術は進歩していますので、訪問先からの帰り道に「○○さんは、こんなことにお困りになっている」などスマートフォンから取り込んだ音声を文字にして登録できるようにすることも考えられますね。また、文字から単語を拾い出し、自動的にタグづけする技術もありますから、対応を検討してみたいと思います。

楠木氏

個々の社員が身につけられるKnow How(ノウハウ)には限界があり、数字を上げるためには情報を持っている人につないでくれるKnow Who(ノウフー)が必要です。名刺管理サービスは、まさにKnowWhoだと思います。図4

先ほどNetflixの話をしましたが、彼らの商売で最も重要な要素はタグづけです。Netflixでは非常に細かくタグ項目を設定しているので、作品ごとに膨大な量のタグがつけられ、顧客の好みを事細かに割り出しています。

タグは、ビッグデータをAIで解析する際にベースとなる重要な情報です。名刺情報に数十、数百ものタグがつけば、Know Whoを超える情報が得られる流れが生まれ、営業を起点としてデジタルデータを活用した稼ぎ方の変化が起こせます。

そもそも、なぜコストをかけるのかといえば、売上を上げるためです。コストを下げて利益を出すのも悪くはありませんが、そればかりに力を注いでいる経営者には、もっと売上を上げることの大切さから目をそらさないでいただけたらと思います。DXの推進が至上命令ともいわれる今が、商売における当たり前の大原則「売上を上げる」についてあらためて考えるタイミングではないでしょうか。

個人に管理を任せてきた企業にとって
名刺情報は埋もれている“資源”

Sky

名刺が社員個人に紐づき、名刺情報が企業全体の営業力を高めるためには活用できていない状況を改善するメリットを、お客様にどのようにお伝えすれば伝わるのか、日々悩んでいます。

楠木氏

名刺の組織的な管理が進まないのは、伝票などのデータに比べ、パーソナルなものだと考えている人が多いからだと推測しますが、すでに持っている使える情報が売上を上げるために生かされていないのは、非常に残念に思います。

個人に管理を任せてきた企業にとって、名刺情報は埋もれている「資源」です。この埋もれがちな資源が持つ情報ほど、組織的に管理する価値があり、サービスを利用して情報を活用していけば投資対効果が大きく表れます。商売を拡大するためにも、試してみる価値があるのではないでしょうか。

Sky

SKYPCEを商売の拡大に生かしていただける方法を、私どもでもさらに考えていきたいと思います。

楠木氏

企業にとって、営業は起点にして終点です。「売る」ことはとても大事ですから、どんどん売っていただきたいと思いますし、売上が上がれば誰もが喜びます。夫婦で幸せについて語り合うと、話がまとまらず言い争いになる可能性もありますが、企業にとっての幸せは単純明快で「もうかること」です。家庭経営よりも企業経営の方がよっぽどシンプルですから、まずはもうかるためのDXに取り組んでください。

また、経営者は「どうしたらもうかるのか」を常に問い続けています。ソフトウェアやサービス、機器の導入を相談される際には「売上を上げるために導入したい」ことを伝えると話がまとまりやすいと思います。大事なのはコストを下げるよりも、どうやったらもっと売れるのかを考えることです。デジタル化でコスト削減をするのはもはや当たり前です。今後は売上を上げるためのDXを実行していただきたいと願っています。

(「SKYPCE NEWS vol.2」 2022年5月掲載 / 2022年2月オンライン取材)

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