
現役弁護士が解説! 名刺と法令の旬トピ ー第1回ー名刺情報と営業秘密:前職で得た名刺を基に顧客の新規開拓を行うことはできる?

「SKYPCE」をはじめとする名刺管理サービスを使用する上で、法令の観点から留意しておきたいポイントが多々あります。このコーナーでは、名刺情報や名刺管理サービスにまつわる最新情報について、法律のプロである現役弁護士に解説いただきます。

森・濱田松本法律事務所 外国法共同事業パートナー弁護士
岡田 淳 氏 氏
東京大学法学部卒業、ハーバード大学ロースクール修了。内閣府「AI戦略会議」構成員、同「AI時代の知的財産権検討会」委員、個人情報保護委員会「個人情報保護政策に関する懇談会」会員、「東京都AI戦略会議」委員などを歴任。主な業務分野として、テクノロジー、知的財産権、個人情報およびサイバーセキュリティ等の案件を手掛ける。

森・濱田松本法律事務所 外国法共同事業アソシエイト弁護士
一井 梨緒 氏 氏
早稲田大学法学部卒業。データ・IT、知的財産法、ヘルスケア(薬事・医療)、国際通商法(輸出管理・経済制裁)を中心に、生成AI、個人情報保護法、不正調査、環境法等の幅広い分野の法務を取り扱う。
医療機器メーカーの営業職として長年勤務していたAさん。ワーク・ライフ・バランスの向上を目指し、同業他社への転職を実現しました。転職先では、前職で培った営業のノウハウを生かして未開拓の顧客にリーチすることが期待されているようです。Aさんは、転職先での新規顧客の開拓のために、前職で主催した講演会を通じて多くの医師と交換した名刺を基に、前職では取引を行っていなかった医師に対してアプローチしようと考えています。このようなAさんの行動は、前職の営業秘密との関係で問題となるでしょうか。
この事例ではさまざまな法律との関係が問題となり得ますが、本稿では特に営業秘密という観点に絞って解説します。
1.営業秘密とは?
不正競争防止法における「営業秘密」(第二条6項)とは、「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう。」とされており、①秘密管理性 、②有用性、③非公知性の3つの要件を満たしている必要があるとされます。営業秘密を不正に使用すると、差止請求や損害賠償請求を受ける恐れがあるほか、刑事罰の対象にもなります。
名刺データに限らず、顧客情報について営業秘密該当性が争われた事案は多数存在するところ、例えば下記の事案では次のような点が 注目されました。
- 顧客情報の内容・性質
- 従業員の中で、顧客情報が秘密として扱われるべきであると認識されていたか
- 顧客情報にアクセスできる者を物理的、技術的、人的、規範的に制限していたか
なお、営業秘密の考え方については、経済産業省が「営業秘密管理指針」を策定しているところ、直近では令和7年3月31日に改訂が行われています。今回の改訂によって外部のクラウドを利用して営業秘密を保管・管理する場合の考え方がより詳細に記載されました。
改訂後の指針では、外部のクラウドを利用して営業秘密を保管・管理する場合もただちに秘密管理性が失われるわけではないとした上で、考えられるアクセス制限方法として、階層制限に基づくアクセス制御や、情報の内容・性質等から営業秘密の保有者にとって重要な情報であることが明らかな場合には、クラウドにアクセスするためのID・パスワード設定といった程度の技術的な管理措置、就業規則や誓約書において当該情報の漏洩を禁止しているといった規範的な管理措置で足りる場合もあるとしています。
2.企業に求められる対応
まず、名刺情報を営業秘密として保護するために、名刺管理ソフトウェアや名刺管理サービスを利用することは有効です。このとき、クラウドサービスとして提供されている名刺管理サービスを利用することで、より大量の名刺情報を適切に管理することができます。
もっとも、上記裁判例のとおり、名刺管理サービスを利用しているというだけでただちに営業秘密としての保護を受けられるとは限らないことに注意が必要です。
当該名刺情報が会社においてきわめて重要な情報であることを十分周知した上で、就業規則や誓約書でアクセスを制限したり、クラウドへのアクセスにID・パスワードの入力を必須としたりすることは有効です。また、IPアドレスやID、端末ごとに顧客情報へのアクセスを制限できるサービスを利用することも考えられます。
(「SKYPCE NEWS Vol.19」 2025年8月掲載)